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杉林恭雄の珠玉のショートストーリーシリーズ

「YUMI」

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「UMI」

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全編完結の連載小説はこちら!

「走る女」 by 田村充義
バブル絶頂期に知り合い、やがて別れてしまった恋女房。
オレは神宮外苑の周回路を走る彼女に、時を隔て再び出逢った。
Mid40世代の恋愛小説。

「ゾロ目の法則」 by 田村充義
小さな出版社でバイトをしていたわたしは、占い本の企画をしただけだったのに…。
いっぺんに訪れた歌手デビューと恋。さて気になるその行方は?

「宇宙の3犬人 〜Three Dog Knights」 by 田村充義
あなたの愛犬が、宇宙からの使者だったりして…。

「女子アナオールスター 」 by 田村充義
原宿に愛をはぐくむ縁結びの美容室があるとか…?!

「ゲンジツトウヒローのダックウォーク」 by 田村充義
エアギターに賭ける青春物語…。

「30年目のガールズトーク」 by 田村充義
45歳、独身。
30年後のクラスメイトたちの恋の行方は?
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田村充義氏の新作、
聞き録り屋と買い取り屋」完結。

平凡この上ない僕が始めたアルバイトとは…?

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2010年09月15日

聞き録り屋と買い取り屋 <最終回>

Story by 田村充義



他愛のない会話を続けながら、何分歩いたことだろう。
さすがに歩き疲れたシャネルは、川沿いの公園でようやく僕たち二人がベンチに座って話すのを許してくれた。
不思議なことに、僕ら二人を見上げるシャネルの表情は、交際を認める家族のように嬉しそうに見えた。
「なんだか、コージくんのことが好きみたい。普段は人見知りするのに」
「きっと、僕がミーコの彼氏になるのを許してくれたんじゃない?」
「カレシ?またまた、ちょっと展開が早過ぎない?」
「そうかな。僕は、昨日からそう決めてたけど」
ミーコは驚いたような表情で、僕の顔をじっとみつめた。
「ミーコ、オレと付き合って欲しい。こんなに可愛いシャネルとずっと一緒にいたい」
「ええ?そっちなの?」
「うそ、うそ。ミーコ、キミとずっと一緒にいたいんだ。僕とつきあって下さい」
「でも…アタシあんまり丈夫じゃないから、きっと心配かけるよ」
「ウザイって言われるくらい、いっぱい心配してあげるって」
「でも…」
「でもじゃなくて、付き合おう!」
僕は、強引にシャネルを抱いているミーコをそっと抱きしめた。
僕らの間でサンドイッチになったシャネルが「クン、クン」とビックリした声をたてた。
「シャネル、ごめんよ」
愛犬に一生懸命謝る僕を見ていたミーコが、「分かったよ。シャネルと同じくらい、私も大切にしてね」と言った。
「ヤッター!!もちろんだよ!大切にするって。メチャメチャ、大切にするってば!」
公園の木漏れ日が、祝福するように僕たち2人と1匹を黄昏色に包んでくれた。

翌日僕は、秘密kesshaに行った。
リチャードに訳を説明して、バイトをやめさせて欲しいと言いにね。
「本当に短い間でしたけど、すごく楽しかったです。なんだか、人生の何年分も勉強になったっていうか…」僕はテーブルの上にボイスレコーダーと変装眼鏡を置いた。
「また、えらい大げさやな。また気が向いたらまたくればいい。で、前の彼女とはちゃんと別れたんか?」
「はい。筋を通さないと…」
「彼女、なんやて?」
「なんだか、意外にサバサバしてました」
「ほほう。そうか、お互いに潮時やったんかもしれへんな。ほれ、これ餞別や」リチャードは財布から一万円札を抜き出し、そのまま僕に手渡した。
「いいんですか?」
「ええから、とっておき」
「お世話になりました。僕の聞き録った音が売れるといいんですが…。ロクでもない音ばかりで」
「そんなこと心配せんでええ。“必ず”売れるし」

事務所を後にした僕は、渋谷の街を歩きながら、最後にリチャードがいつもの「1、2、3、ダー!」をやってくれなかったことを思いだす。
なんだか物足りない気がしてくるのは、この数日で彼に飼いならされていたからなのだろうか。
そう言えば、ミーコとの会話を録ったあの日の音源は、いったい誰が買うんだろう?
住所もセットでリチャードに売ってしまったから、余計に気になる。
気になり始めると、どんどん悪い方に想像が膨らみ、僕はいても立ってもいられない気分になっていた。

――ピンポーン。
「お入り。待っとったで」リチャードが、戻ってきた僕をいつものように迎え入れた。
さっき、「ダー!」を省略したのは、僕がすぐ戻るのが判っていたからなのだろう。
「あの…。音を売って欲しいんですが」
「ほほう。どんなのが、好みなんや?」
「ですから、一昨日7000円で買い取ってもらったあの音と住所を…」僕はかけがえのない大切な宝物を取り戻したい気持ちで言った。
「ああ、あれな。ええよ。セットで3万2000円になります」
「さ、3万2000円…!」
「買うのんか?買わへんのんか?」
「か、買います」
ミーコと出会った日の想い出の一杯に詰まった音は、今の僕にとって充分にその価値があったようだ。
僕は、さっき貰ったばかりの1万円の餞別にこれまでのギャラやら自分の小遣いやらを足してテーブルに置いた。「これでよろしくお願いします」
「毎度、おおきに」リチャードは、嬉しそうに言った。「な、心配せんでも“必ず売れる”と言った通りやろ?」
「は、はあ…」
「それからな、今渡したんはコピーやで。原盤は別の場所に大事に保管してあるさかいに安心しいや」
「えっ、じゃあその原盤からまたコピーして売るってことですか?」
「すやなあ、こんな甘くってピュアな話しは最近あまりあらへんさかいに、ぎょうさん売れるんちゃう」
「げ、原盤も買い取らせて下さい。お願いします!」
「高いで」
「幾らでも払いますから」
「このセットのマスター原盤は、32万円になります。分割払いもあるで」
「ええ!?」
「なあに、働いたらすぐに返せるがな」
リチャードは、僕にボイスレコーダーを渡すと、「1、2、3、ダー!」っとドアの外に送り出した。

「32万、32万…」
よろよろと渋谷駅に向かって歩いている僕の横を、JKとおぼしき2人連れが笑いながら通り過ぎて行った。
「昨日さあ、センター街でナンパしてきた男がさあ…」
僕はポケットの中からボイスレコーダーを取り出して…。 



<了>
posted by 「HEART×BEAT」事務局 at 07:23| Comment(0) | 田村充義 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月11日

聞き録り屋と買い取り屋 <11>

Story by 田村充義



暑さにうなされ目覚めると、もう正午を過ぎていた。
ミーコのことを考え、明け方まで寝付けずにいたらこのざまだ。
サラリーマンならすぐにクビになるぞと自戒しながら飛び起きる。
ベッドサイドに置いた携帯の電源を入れると、受信メールがあった。
それは期待した通り、ミーコからの返信だった。
   昨日は送ってもらってありがとうございました。
   母が今日は外出禁止だって。
   ああ退屈だなあ!
   シンデレラは夕方ボロい服を着て
   犬の散歩にでも行くことにしようかな。
「やった!」
これは、どう読んでも好意的な内容ではないか。
僕が勢いで送ったキザな文面を、彼女は気に入ってくれたのだろうか?
夕方の散歩をわざわざ予告しているということは、会いに来いという意思表示にもとれる。
行くべきか?行かざるべきか?
結論はすぐに出た。「行くっきゃない!」
彼女のメールに「犬の散歩に付き合おうか?」と返信し手順を踏んでアプローチするのも手だが、ダメと言われるのが怖くて却下。
「よっしゃ、現場に突撃して、出たとこ勝負じゃ!」叫んでベッドから立ち上がったが、勢い余って足を滑らせて尻餅をついた。
途端に弱気の虫が騒ぎ出しそうになったが、なんとか気持ちを奮い立たせる。
シャワーを浴び、僕ら二人の出会いは運命だったかように思えるほどその気になっていた。
気持ちが固まると、急に空腹であることを思い出す。
「腹がへっては戦(いくさ)が出来ん」
台所でパンを齧り冷蔵庫の中を物色していると、お袋がやってきた。
「昨日も帰りが遅かったけど、何かバイトでも始めたの?」
「まあね」
「どんな仕事?」
「ええと…、録音関係かな」
「録音?あんた音楽好きだから、よかったじゃない」
「音楽じゃないんだけど…」
「まあなんでもいいわ。頑張りなさい」
僕が幸せそうにしている限り行動に口を挟まない主義のお袋は、すぐに納得していなくなった。
それもそのはず、今日の僕は期待で胸が膨らみここ数年で一番の嬉しそうな顔をしているはずだからね。

バタバタと出陣の準備をして、気がつくともう3時を過ぎていた。
ここから初台には、チャリで20分もあれば充分だろう。
僕は逸る心を抑えきれず、勝負Tシャツに着替え、早くも出発することにした。
汗まみれにならない様にゆっくりとペダルを漕いだつもりだったのに、3時半にはもう初台に到着していた。
ミーコの家が見渡せる街路樹の木陰を見つけると、僕はピカピカに磨き上げたチャリをそこに停め、サドルにお尻を引っ掛けたまま、シンデレラが出てくるのをじっと待つことにした。
意中の人を家の前で待ち伏せるなんて、中学生以来の暴挙だ。
ワクワクする時間は、あっと言う間に過ぎていく。
そこでどれくらい待ったのかよく憶えていないが、僕にはそれが少しも苦ではなかった。
陽の光がオレンジ色に変わり始めた頃、茶色い木製の扉が開き、そこからチワワが先に顔を出す。
次に、デニムにパーカー姿のミーコがリードを持って現れた。
普段着の飾らない可愛さがあまりにも新鮮で、僕は思わず息を飲む。
彼女がお寺の方に向かったのを確認すると、僕は別の道を通り先回りをすることにした。
境内のベンチに腰掛け、小道具の文庫本に視線を落として待つこと数分、シンデレラが寺の門をくぐりやってきた。
気がつかない振りをして、向こうが声をかけてくるのを期待していると、気を利かせたようにチワワが僕の靴の匂いを嗅ぎ始めた。
「こらシャネル、ダメでしょう。あれっ、谷さん?」
「わあ、偶然!また会っちゃったね。ここにはよく来るの?」
「はい。シャネルがここが大好きで」
「可愛いね!シャネル、お手!」
「残念ながら、食べ物がないと芸をしないんです。谷さんも、ここにはよく?」
「しょっちゅう。なんてウソ。ここでシャネルが来るのを待ってたに決まってんじゃない。ついでにミーコちゃんもね」
「ついで?ついででも嬉しいですよ、谷さん」ミーコはクスクスと笑った。
「僕が頑張ってミーコちゃんて呼んでるのに、谷さんはやめてよ。コージくんがいいんだけど」
「昨日会ったばかりなのに…わかりました、コージくん」僕のすねた表情が効いたのか、ミーコは嬉しそうに距離を縮めてくれた。
マイペースのシャネルは、そんな初々しい二人の会話を無視して勝手に散歩を続けようとしていた。
「シャネル、待ってよ」
僕はチャリを押し、夢のような気分でミーコとシャネルの散歩に付き合うことにした。


続く…
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2010年09月08日

聞き録り屋と買い取り屋 <10>

Story by 田村充義



気持ちの整理がつかないまま、僕は「秘密kessha」に舞い戻り、ソファーで待ち構えていたリチャードとテーブルを挟んで向き合った。
「ブツは?」掌を差し出してポツリと一言。
逡巡する間もない。
社長の静かな威圧感に負け、僕は喉から魚を搾り出す鵜飼いの鵜のようにボイスレコーダーを差し出した。
「ほな聴かせてもらおか」
「大分、僕の声も混じってしまって…」
「編集するから大丈夫や」
前回と同じように飛ばし聴きでチェックを始めたリチャードは、タクシー乗り場から初台の屋敷の前で別れるまでの僕とミーコの会話だけを2度ほど聴き直した。
「これは、あんたやな」
「はい。申し訳けありません…」
「謝ることないで。ここらが一番聴き所や。ときめきを感じるわ」リチャードが僕の瞳を覗き込んだ。「惚れたんか?」
「い、いえ。あの、その…」
「言わんでもわかる」
「こんなことになるとは…」
「まあええ。でもな、自分の彼女を仕事に同行させたのはキミのミスやな。他の女に目移りしたことを責めてるんやないで。そもそも、聞き録り屋は沈黙しとらんと仕事にならん。誰か連れてたら、黙っていられんやろ?違うか?」
「はい」
「まあ今回は、たまたま自分の言葉を商品に出来たからええようなもんやけど」
「これを買う人がいるんでしょうか?」
「おるよ。間違いなくおる。ほな、買取り料5000円」
僕は一瞬、その札を受け取ることを躊躇っていた。
多分、自分の気持ちを売るような気がしたのだろう。
「早よう、持って行き。そうや、この娘の住所は?」
「は、はい」僕は住所の書かれたメモを渋々差し出した。
「ご苦労さん。じゃあ、もう2000円乗せたるわ」

7000円を受け取って事務所を出た僕は、明治通りを歩きながらミーコのことばかり考えていた。
ほんの数時間の間だけ、しかも交わした言葉はほんの少し。
なのに僕の心はミーコで一杯になっていた。
「恋してしまったかも…」
リチャードに会話と住所を渡してしまったことが、大変な失敗だったと思えてくる。
しかし、時すでに遅しとポケットの7000円が僕に言っていた。
ちょっとした罪悪感が、さらに恋心を募らせたのかもしれない。
どうなってもいいから、とにかくミーコに会いたくなっていた。
アドレスも番号も交換し合ったのだから、すぐにでも連絡することは出来る。
でも、僕はホームのベンチに腰掛けたまま、金縛りにあったように携帯を操作できないでいた。
「きっと、あれは社交辞令なんだ。すぐに、また会おうなんて言ったら、変態だと思われるかも…」
いままでモテた経験に乏しい僕としては、結果を悪い方にしか想像できない。
携帯を汗ばむ手で握り締めていると、ブルっと着信バイブが作動し僕を驚かせる。
ひょっとしてミーコから?との期待は裏切られ、それはりょうからだった。
「もしもしコージ、キシンの住所が分かったよ」
「あ、ああ。ご苦労さん」
キシンの住所を伝えるりょうの声を途方もなく遠くに感じ、僕は罪深い溜息をついた。
「ねえコージ、聞いてんの?」
「聞いてる聞いてる。駅だからちょっと周りがうるさいくてさ」
「ねえ明日の夕方空いてない?今日の反省会しようよ」
「バイトの時間が分からないから…。空いたらメールするよ」いつもなら即OKの誘いを、僕は断っていた。
「怪しいな。何か隠してるんじゃない?」
「ちげえよ。この仕事、相手の動き方次第だからさ。ゴメン、電車が来た」
電話を切ると、僕はすぐにミーコに連絡したくてたまらなくなっていた。
よく考えてみれば、いま僕のしていることって、最初に目撃したキシンのチャラい行動以上によくない事じゃないだろうか。
判っていても、気持ちは抑えられない。
僕はつり革に掴まりながら、夢中でメールを打ち始めた。
「先ほどは、近くまでご一緒できて嬉しかったです。またお目にかかれることを楽しみにしています。それではおやすみなさい。」
ボツ!――これじゃあ硬過ぎるし、向こうも返事のしようがない。
「門限間に合ったのかな。お姫様?さっきは楽しかったよ。僕は魔法が溶けて、ただのネズミに逆戻りです。ガラスの靴を持って明日キミを捜しに行くから待っていてね。おやすみ、僕のシンデレラ。」
こんな恥ずかしいメールを書いたのは生まれて初めてだったけど、正直な気持ちをヤケクソ気味に書いた達成感があったから、読み返さずに送ってしまった。
しかも、最後にハートマークまで付けて…。
返信を待ちすぎると身体に悪そうなので、すぐにで電源を切り、帰ってそのままベッドに倒れこんだ。
もちろん、閉じた瞼の裏にはドレス姿のミーコと社交ダンスを踊っている僕が見えていた。



続く…
posted by 「HEART×BEAT」事務局 at 08:27| Comment(0) | 田村充義 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月05日

聞き録り屋と買い取り屋 <9>

Story by 田村充義



キシンとミーコの部屋から、再びカラオケ音が途絶えた。
1分、3分、5分…。
入店から、ちょうど一時間半。
もしかしたら、帰る準備をしているのかもしれない。――そう考えた僕は、ドアを少し開けて廊下の様子を窺うことにした。
しばらくすると、部屋を出てエレベーターに向かう二人の後ろ姿が見えた。
「りょう、すぐに追うぞ」すでにスタンバイしていた僕らは、二人の後を追い階段を使ってフロントに向かった。

カラオケを出た二人は、雑踏の中を新宿駅に向かってのんびりと歩いていく。
僕らは見失わないように小走りで差を詰め、すぐ真後ろにピタリと付いた。
「今日は、楽しかった」ミーコがキシンに言った。「ゆっくり出来なくてゴメンね」
「病み上がりだから、無理しないほうがいいよ。お母さんも心配するだろうし」
どうやら、今日はこれで解散するつもりのようだ。
僕は、とりあえずミーコの身にこれ以上何も起きないと安心していた。
まったく何年も憧れてた人のように心配するなんて、我ながらどうかしている。
しかし、走り出した気持ちはもうどうにもならない。
「りょう、もしも駅で前の二人が別れたら、男の方を追って家を確認してくれる?」
昨日すでに突き止めてある男のアパートを、自分の彼女にまた調べさせようなんて、僕もバチあたりな男だ。
「なんでさ。コージが追えばいいじゃん。アタシがミーコを尾行するよ」
「ダメだ。僕は、キシンに面が割れているかもしれない。二日連続で追っているからね」
「ちょっと待ってよ、コージ。ミーコのお母さんに頼まれたんでしょ?家ならお母さんに聞きなよ」
「も、もちろん家は知ってるさ。彼と別れて一人になってから、彼女が寄り道しないかどうかを調査するんじゃないか」
「ふうん。しょうがないなあ…」
りょうがシブシブでも僕の提案を承諾したのは、キシンがイケメンだったからかもしれない。

新宿駅の地下通路で、キシンとミーコは手を振って左右に分かれた。
JRの改札に向かうキシンの方にりょうを押し出し、僕は言った。「じゃあ、頼んだよ!」
「まったくもう…」りょうはいやいや頷いて僕に従った。「埋め合わせしてもらうからね」
振り返りミーコをさがすと、彼女は雑踏の中にもまれる木の葉のように覚束ない足取りで、西口の地下広場に向かって歩いていた。
地図の描かれたメモを何度も覗きながら、彼女はやっとのことでタクシー乗り場にたどり着き、列の最後尾に立った。
僕はすぐその後ろに並び、ミーコの様子を窺う。
「もしもし、ミーコだけど。今新宿にいる。これからタクシーに乗るから、たぶん20分位で帰れると思う。門限守るから安心して」
ミーコが携帯で連絡しているのは、おそらく母親だろう。
それにしても、いまだに門限を守る子がいるとは。
僕はそのことをすごく新鮮に感じ、「門限か…」と思わず呟いていた。
それを聴いたミーコが恥ずかしそうに、「もう大人なのに門限なんて、可笑しいですよね…」と僕に微笑みかけてきた。
「ごめんなさい。聴こえちゃったもんでつい…。いえ、可笑しいなんてとんでもない。ご両親に大切にされている証拠ですよ」
「いつまでも子供扱いなんて、過保護だと思うけどなあ」
「うらやましいくらいです。僕のお袋なんて、一月ぐらい音信不通でも捜索願い出してくれないだろうなあ」
「ヘえ…信用されているんですね」
「さあ、どうだか。ところで、どちらまで?」
「初台です」
「わあ。偶然だ。初台の友人の家まで行くんですよ」僕はでまかせを言って、チャンスを強引に広げた。
「よかったら、一緒に乗っていかれますか?」
なんという展開!でもこの娘、ちょっと無防備過ぎて心配になる。
「じゃあ、お言葉に甘えていいですか?」
「どうぞ。私が払いますから」
「それじゃあ相乗りのメリットが全然ないじゃないですか。割り勘にさせて下さい」
新米の聞き録り屋は、さっきから自分自身の会話を採集していることにここでやっと気づく。
どうしよう、これはさすがに禁じ手だよなあ。リチャードはなんて言うだろう?
提出するかどうかは、後で考えるとしよう。

タクシーの中で他愛のない会話をしたが、その間にも僕の気持ちはどんどん高まっていった。
「デートの帰りですか」
「友達とお茶して、カラオケです」
「お友達と?カラオケってしばらく行ってないなあ。何を歌うんですか?」
「あゆとか大塚愛とか」
「ヘえ。元気な歌が好きなんですね」
「そうですね。やっぱりストレス解消したいですから」
「イヤなこと忘れるには、歌うのが一番ですね。僕はスピッツが好きです」
「へえ。聴いてみたいなあ。あ!次の信号のところで結構です」いいところで、ミーコが運転手に告げた。
「わあ、またまた偶然!僕もそこで降りようと思ってました」このチャンスを逃してなるものか。「運転手さん、僕も降ります。いくら?」

ミーコが車を降りる時に少しよろけたので、僕は咄嗟に細い腕を掴み支えていた。
「気分でも悪いの?送って行こうか?」
「大丈夫です」
「ついでだから、送って行くよ」僕は返事を聞かずに、並んで歩き始めた。
「すみません」そう答えるミーコは、まだ少し足元がふらついていた。
「どうかしたの?」
「子供のころの病気のせいなんです…。いまでも、疲れるとこんな感じ」
「そうか…大変だね」
「でも病気をすると、いろんなことがわかるから」
「たとえば?」
「健康の大切さとか。元気な人はそんなこと意識しないでしょ?」
「なるほど」
「病気のことで私から遠ざかった人、支えてくれた人。なんだか、人の心までよく見えるようになったかも」
「ふうん…」
気がつくと僕らは、ミーコの家の前に着いていた。「ここです」
大理石の表札に、三宅と彫ってある。
「どうもありがとうございました。私、三宅理子って言います」
「谷コージです。この辺よく来るからまた会えるかもね、ミーコちゃん」
「なんで私の呼び名を…?」
「え…?いや、タクシー乗り場で電話してたときにそう言ってたから」
「ああ、そうだっけ。よかったら、メアド教えてくれませんか?」
「え?は、はい…もちろん!」
それにしても、こんなことが僕の身に起るなんて。
女の子から連絡先を訊かれたのなんて生まれて初めてだけど、なるべく自然に振る舞い、爽やかに手を振って玄関先で別れた。
猛烈に舞い上がっていたけれど、住所はしっかりと記憶した。
ポケットに入れたままのボイスレコーダーを止め、僕はこの歓迎すべき奇跡を1人で噛み締めた。
とりあえず渋谷の事務所に向かいながらも、これをリチャードに渡そうかどうか迷っていた。
自分の会話を買い取ってもらうなんて、プロとしてありなんだろうか?



続く…
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2010年09月02日

聞き録り屋と買い取り屋 <8>

Story by 田村充義



フルーツ・パーラーを出たキシンとミーコは、夕暮れ迫る新宿の街でウインドウショッピングをしばらく楽しんでから、大きなカラオケ店に入っていった。
彼らがチェックインし個室に案内されたのを表から確認してから、僕らも店に入った。
「いまの二人連れの隣の部屋、空いてません?」
「ええと…、空いていますが。お知り合いですか?」
「はい、マブダチです」
「では、大きめの部屋もご用意できますが。ご一緒しますか?」
「いいんです。さっきアルタの前で偶然見かけて、驚かしてやろうとそっと尾行中なんですよ」僕は、ウインクをしながらでまかせを言った。「だから、内緒にしてね」
「なるほど、わかりました。では、3階の325号室にどうぞ」受付嬢はなんの疑問も持たずに要望に応えた。

「さっきのアドリブ、マジですごいね」部屋に入ると、りょうが感心して言った。
「まあな」
「でも、あたしがいたから怪しまれなかったんだからね」
「たしかにその通りだ。さてと…」
壁にマイクを向けると、ミーコが大塚愛のメドレーを歌っている声が微かに聴こえる。
しかし、会話の録音はさすがに無理だろう。
「ねえ、そろそろ本当のこと教えてよ。あのミーコって娘のお母さんに頼まれて、2人の行動を見張ってるんでしょ?」
「まあ、そんな所だ」
「ふうん、やっぱり。さてと、暇だからなんか歌おうかな。コージも歌いなよ」
いくら指向性の超高い高性能マイクつきのレコーダーでも、この部屋ででりょうに歌われては隣の音が録れるわけない。
「アホか。いま二人の様子を録音してんの!お前の歌う“ジュピター”を録ってどうすんだよ」
「ふん。つまんないの」
「それより、二人がここを出るタイミングを逃さないようにしなくちゃ」

しばらく隣の部屋の音に神経を集中していると、急に歌声が消えて静かになった。
何をしているのだろう?
次の曲に煮詰まっているのであればいいが、もしかしたらキシンがミーコを抱きしめていたりして。
想像しただけで、なんだか胸が苦しくなってくる。
これは嫉妬心なのだろうか?ってことは、僕はミーコにこんな短時間で恋をしてしまったことになる。
どうにも心配になった僕は、隣の様子を窺おうと考えた。
「トイレに行ってくる」
廊下に出て隣のドアの丸窓から中をチラ見すると、ミーコはキシンの膝の上に抱えられるように座り、首を廻して嬉しそうに話していた。
キシンは、抱きしめてキスするチャンスをうかがっているのだろう。
いや、もしかしたらもうその後なのかもしれない。
「ミーコは、キシンに騙されてる」部屋に戻った僕は、独り言のように呟いた。
「さては、あの娘に惚れたな」りょうは、ズバリ核心を突いた。
「ま、まさか。そうじゃないけど、やっぱり女の子が悪い男に騙されるのは、見てて気分が悪いよ」
「そう言えばコージ、アタシの時もそう言ってたよ」
「そうだったっけ、忘れたなあ」
そう答えたものの、二股男に騙されていたりょうを救い出してコクった、自分たちの馴れ初めを思い出していた。
「まったく。また、正義の騎士にでもなったつもり?」
確かに僕には、そういうところがあるのかもしれない。
「頼まれたからやってるだけだって。少し静かにしてくれよ」
ミーコの身を案じる僕の気持ちが通じたのか、隣の部屋から大塚愛の「さくらんぼ」が聴こえてきた。
「そうそう。歌ってる限りは、襲われたりしないさ…」
そろそろ、キシンとミーコがここに入ってから1時間になる。
「30分の延長があるかどうか…」
口を尖らせるりょうをなんとかなだめつつ、いつになるか判らない彼らのチェックアウトに備え、僕は隣の部屋の様子に神経を集中させていった。


続く…



大塚愛 - さくらんぼ


posted by 「HEART×BEAT」事務局 at 08:36| Comment(0) | 田村充義 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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