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杉林恭雄の珠玉のショートストーリーシリーズ

「YUMI」

「KOU」

「UMI」

「NAOKI」

「MICHIRU」

杉林恭雄氏のブログも、ぜひ訪問してみてください。
きれいなイラストと美しい散文が毎日アップされていますよ。(事務局大推奨)
くじらテレビもぜひ。


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「走る女」 by 田村充義
バブル絶頂期に知り合い、やがて別れてしまった恋女房。
オレは神宮外苑の周回路を走る彼女に、時を隔て再び出逢った。
Mid40世代の恋愛小説。

「ゾロ目の法則」 by 田村充義
小さな出版社でバイトをしていたわたしは、占い本の企画をしただけだったのに…。
いっぺんに訪れた歌手デビューと恋。さて気になるその行方は?

「宇宙の3犬人 〜Three Dog Knights」 by 田村充義
あなたの愛犬が、宇宙からの使者だったりして…。

「女子アナオールスター 」 by 田村充義
原宿に愛をはぐくむ縁結びの美容室があるとか…?!

「ゲンジツトウヒローのダックウォーク」 by 田村充義
エアギターに賭ける青春物語…。

「30年目のガールズトーク」 by 田村充義
45歳、独身。
30年後のクラスメイトたちの恋の行方は?
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田村充義氏の新作、
聞き録り屋と買い取り屋」完結。

平凡この上ない僕が始めたアルバイトとは…?

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2009年03月11日

YUMI

story by 杉林恭雄

 

ユミがドアを開けると、いつものちいさな玄関があった。
靴箱もない半畳ほどのスペースに、靴やらサンダルやらが、
ところせましと並べてある。
ユミはわずかに空いた場所で靴を脱ぎながら、キッチンの照明のスイッチを入れた。
玄関とお風呂とトイレが自分たちの持ち分を取ってしまった後には、
ほんとうにちいさなスペースしか残っていない。

「キッチンつーより廊下だよね」
リクが来たときには、ユミはそんなふうに言い訳した。

キッチンの向こうには電気の点いていない居間が見えた。
テーブルのスタンドを点けておけばよかったといつも思う。
でも、明るいうちに電気を点けて外出するのが、なんか出来ない。
1人暮らしを始めたときには、
自分だけの気に入った家具だけでおしゃれな部屋をつくろうと意気込んでいた。
でも、こまごまとした生活用品を置き、
収納しきれない洋服をたたんで部屋のすみに積みあげたところで、
なんだか力が抜けてしまって、それっきり。 

「ダメなんだなあ私」
あの時、ユミは自分にため息をつくように、もうひとつ言い訳した。

いつもはユミがリクのマンションを訪ねていた。
でも1回だけリクがここに来てくれた事がある。
あれは、2月のはじめの日曜日、
その時はさすがに3日くらい前からちょこちょこ掃除をして、
前日にはけっこうがんばってカレーを作った。
 リクとふたりの部屋は、ガスストーブをつけると、いつもよりはやく暖まった。
テーブルに簡単に作ったサラダとカレーとグラスと缶ビールを並べて、
「なんだかおままごとみたい」
と言ってみた。
リクはおいしいねと言ってくれた。
「お世辞でしょ」
「違うよー、ほんとおいしい」
ユミは今でもリクのその言葉を思う。
 リクはカレーを食べ終わると、ベッドの上に腰をおろし、
しばらく黙って部屋を見わたした。
そして、「ゲーム無いの?」と訊いた。
 ユミはDSを持っていたけど、リクの気に入るようなソフトは持っていなかった。

そしてそのちいさなベッドで抱き合った。
初めて自分の部屋でするセックスはなんだか緊張して、あまり感じなかった。
でも最後にとっても幸せな気持ちがやってきた。
それでリクにしがみついた。

その夜、リクは泊まらずに帰っていった。
ほんとうは泊まっていって欲しかった。
ひとりになってしまうと、とても心ぼそかった。
ラジオをつけて、シンクにつけてあった皿を洗った。
PerfumeのBaby Cruising Loveが流れていた。
「ただ前をみることは怖くてしょうがないね」
知っているところを、一緒に口ずさんだ。
「ベイビークルージンラーブ」
なべの中には作りすぎたカレーがまだたくさん残っていた。


リクの新しい恋人はミナコだった。
ミナコはユミの通う看護学校のともだちだった。
今日、ふたりの共通の友人からそれを聞かされたとき、からだが震えた。
もう随分前からリクはユミを避けるようになっていた。
「ふーん、そうなん」
ユミはそんなふうに答えた。
でもそれ以上はひと言も言葉が出てこなかった。


居間に入って電気をつけた。
ベッド、2脚の椅子、ちいさなテーブル、その上の電気スタンド。
籐の洋服ダンス、それと本棚、テレビ。床に積まれた雑誌、洗濯もの。
部屋の隅には愛媛みかんと書いたダンボール箱が置いてあった。
いなかの母から送られてきた宅配便。
中身は、くだものやら、お米やら、駄菓子やら、よく分からない布やら。
いつもそんな感じだ。
ユミは床にぺたんと座り込むと、その段ボール箱をぼんやりと眺めた。
ずいぶん長い間、そうやって見ていた。
そして箱の隅に出来ている染みに気がついた。
「いやあ、おかあさん、またみかんつぶれてるわ」
ユミは声に出してちいさくそうつぶやいた。

ダンボールを開けて、まずお菓子のふくろの詰め合わせを出した。
きっとバス旅行でもらったんだろう。
それからその下のみかんをひとつひとつ取り出した。
やがて、底のほうから痛んだみかんが出てきた。
「おかあさん」
今度はあまり声にならなかった。胸が熱く、苦しかった。
ユミは痛んだみかんをふたつの手のひらの真ん中にのせ、肩を震わせ、
それからやっと、子どものように泣いた。



END



Baby Cruising Love / Perfume



杉林恭雄(すぎばやし やすお)
80年代にニューウェイブハンド「くじら」を他のメンバーと共に結成。
紆余曲折はありましたが現在も活動中。
詳しくは、くじらのウェブサイト
をご覧ください。
【杉林恭雄の最新記事】
posted by 「HEART×BEAT」事務局 at 16:50| Comment(0) | 杉林恭雄 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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